2016年12月26日

新歌舞伎座で第九です、私達の合唱団が唱いました。

随分久しぶりになりました。私のブログを楽しみにしていただいていた方も沢山お出ででしたが、私のずぼらが災いしてどなたもお立ち寄りではないようです……!第九歌舞伎座.JPG  一昨日の第九本番のリハーサルです。こともあろうに新歌舞伎座の舞台です。12/24のコンサートでした。
posted by はりよし at 16:47| Comment(0) | 日記

2015年12月18日

12/7日から、伝統ある「大阪中央公会堂」で、テーマを「大正ロマンニチズム」として明治・大正・昭和の「きもの」達をお披露目します。「入場無料」です。

伝統ある「大阪中央公会堂」は
重要文化財として大切に運用されている,大阪の貴重な財産です。

私達は、今年創業「85周年」を迎えました。「80周年」もこの会場で、大好評の称賛を戴いた「コレクション」をお披露目しました。
NPO法人「きものを着る習慣を作る協議会」の全面的な支援をいただき、今回は内容も大きく刷新し、みなさんにお楽しみいただきます。

タイトルとした「大正ロマンニチズム」は中心テーマですが、私達の歴史が積み上げた「大切な秘蔵のコレクション」をお披露目します。

「きもの」を着ることに大きなご支援を差し上げたいのが、私達の使命です。
 ○ 心配事「相談コーナー」を設けています、
  積み上げた知識と経験を惜しみなくお披露目します、
会場でご遠慮なく様々な不安や、きものを着る「心配事」をお訊ね下さい、何でもお答えします。

○ お越しいただき、ご相談いただければ、明確なお応えが出来ます。
 持参された「お手持ちの」きものをご希望に沿った変貌の姿をお教えします。
 結果として貴方の思い通りの姿が甦れば、
貴方の「きもの」は持って生まれた「使命を」を果たせます。
posted by はりよし at 14:16| Comment(0) | キャンペーン

2015年05月13日

ご存知ですか?「前撮り会」


ご存知ですか?成人式の「前撮り会」

来年二十歳の新成人達は、男子も女子も成人式より1年も前から着付けして、お写真を撮影されるのです。これを称して「前撮り」といいます。

「前撮り会」は盛況を極めています……! わざわざ成人式でもないのに、「ヘアー・メイク」はもちろん「着付け」もしきっちり「成人式当日」の装いに仕上げ、「前撮り」をするのです。

振り袖の晴れやかさは当然ながら、お客様は女子だけに限らず男子の晴れやかなピンクやゴールドの「紋付ききもの・羽織・袴」などが「前撮り会」ではずらりと勢揃いされるのです。

大きな会場では300人〜500人が集まられます。自身の希望の日を選び「美容師と着付け・カメラ」などを揃えた「美容室」や「写真スタジオ」が賑わっているのです」。

お客様の許可をいただいているお二人の、成人式の晴れ姿をご覧に入れます。(男性は今年の1月、女性は来年の1月成人です)

成人式は「下火気味」と思われていますが、そんな市場が賑わっているのです。
成人式当日は、美容院も着付け教室も「満員の盛況」です。だから当日の混乱を嫌い前撮りされることになるわけです。

太田樹里様.jpg
太田樹里様

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播磨良輔様
posted by はりよし at 14:49| Comment(0) | キャンペーン

2012年04月21日

悉皆という言葉が……!

 悉皆(ことごとく皆)という言葉があります

 と1/10のブログに書き込みました。
末尾に、こんな業界用語が「ちまた」で普通に使われていたのは、30年以上も前のことです。
 今も尚「悉皆屋」の元締め「大阪府きもの洗染染協同組合」=以下組合という、として法人組織で存続しています。
 続きは次回に。

 以上のように悉皆屋なるものについて書き始めましたが、そのままになっていましたのでお詫びがてら続きを書きます。
 組合は戦後間もなく、戦前にあったものを改組し法人組織になり、600人を超える組織でスタートしたと先代より聞いています。
 きもの離れはこの世界にも浸透し、見る影もない微少な組織に落ち込んでしまいました。

 そして改組、合併、解散などを視野に組織変更を迫られています。

 「悉皆屋」こそ私達の使命であり生きるすべだ、と私の店のあるべき姿を訴えかけていきたいと思っています。
 私共にお越し下さるお客様は最近富に増えてきています、何故なら安易に頼める気楽な店が「巷」になくなったからなのです。
 そして、「きもの」のトラブルは千差万別、どこの呉服屋やデパート・専門店でも対応出来るものではないのです。
 私達のPR活動はそのためにあり、結果として来店いただけるお客様が増えている訳です。

 「きもの」のトラブルとはどんなものでしょう?
○ 着たままにしてあったら「シミ」が目立って「しみ抜き」したい
○ 母のきものを着られるように直したい
○ 若い頃のきものが、寸法が合わなくなった
○ 結婚式やパーティーなどで着たきものを、お手入れしてからしまいたい
○ 派手になったきものを、歳にあった地味なものにしたい

等、ご要望は様々です。

そんなことを一つずつお話ししていきましょう。以下続きは
posted by はりよし at 14:46| Comment(1) | きもの業界便り

2012年04月20日

岐阜 犬山から=続き

「一張」ずつ灯されていく「ろうそくの灯火」は心許なく、夜のとばりも深まらない中その「明かり」の点灯はまさしくもどかしい。
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現代にはない、一斉にということではない「少しずつ」の世界があった。
 私達が中心に見たのは、13輛の内お城近くに集まる6輛だった。(残り7輛は名鉄名古屋駅あたりで見られる)
その6輛は、京都祇園祭のような派手さもなく、京情緒豊かな「祇園囃子」があるわけでもないが、地元の人達に語りかけると心の底からの「祭り自慢」が聞こえる……!
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慌ただしい時代を生きる私達が、悠々とした時間の流れに浸る事が出来、心にゆとりをもらって今回の旅の「豊かさ」をしみじみ味わえた。

 同行した友人は小学校の一年から机を並べ、高校まで同じ学校、クラブも一緒そしてその後の永い生涯のほとんどを共に過ごしてきた。

 この夫妻との旅は初めてで、今回この地を訪ねたのは、高校のクラブのアイドルだった女性の誘いに乗ったからだ。
 15才で出会って「賀状」の交換はあったものの、親交が深いと言えるほどではなかった。
しかし50年を超える歳月もものかは、あっという間にその歳月は埋まった。

 心のこもった素晴らしい歓待を受け、幻のようだった時間を埋めてくれた彼女の「情愛」には、お礼の表しようもないほどの喜びをいただいた。
 「招く」と「もてなす」心を、隙間のないほど純粋に見せてもらい、そして彼女の優しさと、その家庭を築いてこられたご主人様の心情も共に見せていただいた。
posted by はりよし at 15:16| Comment(2) | 旅とその想い

2012年04月19日

名城の側で「犬山祭り」

犬山城は、日本に四つしかない「国宝の城」の一つである。

 数年前仕事で訪れた「岐阜」に、岐阜城ではない「この城=犬山」が岐阜のすぐ隣にある事は知っていた。
 数少ない木造で、創建当時の姿を留めた偉容は「城ファン」の私にとって、側まで行っていて尋ねない「法は」なかった。

 その折尋ねたあこがれの城は、期待に違わぬ時代を映したまさしく「国宝」の城だった。
 戦国当時を象徴するような「名城」としての立地、これこそ堅固な城と思えるのだが、戦国時代4回も落城したことでも有名である。(詳細は省く)

 偶然訪ねた犬山で、その折に出会ったのが秋の「犬山祭り」だった。
その時は「祭り」を堪能する時間はなかったが、京都の祇園祭りを彷彿とさせる「車山=だし」は
偉容とまで行かないまでも、この長良川の奥の古い町に「都=京都」への強いあこがれと郷土愛を感じた。

 今回訪れたのは、岐阜に住む古い友人が私達を招いてくれたからで、見るなら「桜」の犬山城と「祭り」見物を目指したからこの時期を選んだ。
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 この「車山=だし」の「売り」はそれぞれの「車山=だし」の最も高見で、多くの人達に見られるように演じられるからくり「人形」達の演舞だろう……!
 今回これがの強い興味を引くものとして、「犬山祭り」を訪れたが十分に堪能するするところまではいかなかった。

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 しかし、もう一つの山は夕暮れ時が近づくと町衆達が次々と「車山」の周りに集い始める。そう「車山=だし」に飾られた提灯に点火を始めるのだ。六つの「車山」に全部で365張の提灯に一本づつ「ろうそく」に灯が灯されていく。今なら一斉点灯が当たり前、LEDで煌々と行きたいところだろう……!
 でも敢えて一つずつ、灯は灯されていく。

 まさしく時代を超えて夢を見るようなゆったりした時間が流れていく。
 ☆ つづく……!
posted by はりよし at 11:36| Comment(2) | 日記

2012年03月29日

選抜高校野球に感動

 春は選抜からと昔から言われるこの大会……!

今年は格別の思いで見ている、何故なら古豪と言われる徳島の鳴門高校が出場し、キャッチャーを守る私のいとこの孫が、昨日「さよならヒット」を打ったからだ。


 そのゲームは、【作新学院・鳴門】10回裏鳴門2死満塁、日下大輝が逆転のレフトオーバーのサヨナラ長打を放ち、ガッツポーズをみせてくれた。
 http://mainichi.jp/senbatsu/12/graph/07-2/11.html(写真をどうぞ)

 この日下大輝(ひろき)君が、私の父の兄の長女(私のいとこ)の孫なのです。このいとこの兄は野球狂(阪神狂)で、50年くらい前毎年夏に鳴門から「巨人戦」を見に鳴門市役所の同僚を引き連れてやってきた。
 そしてその都度内に泊まり、私を甲子園に連れて行ってくれたのです。

 結果として私は阪神に取り憑かれ、3人の息子も妻(元々阪神ファンだった)も大の阪神ファンとなった「元」となる訳である。

とにかく昨夜従姉妹としゃべり、喜びを語り合ったのである……!
posted by はりよし at 17:11| Comment(0) | 日記

あるお店の挑戦……!その二

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あるお店とは……!

 奈良市の南、紅葉で有名な竜田川の側の高級住宅地で、10年くらい前からこの地で営業を始められました。
 それ以前は上本町2丁目の表通りで「商い」され、ユニークな創作「和物」、特に「作務衣」が特徴的です。「こくう」という店名も印象的で、上二の頃訪問した印象は「こだわり」に満ちた店と拝見しました。

 そして凡そ10年、不思議なきっかけが私共との「ご縁」をつないでくれた訳です。

 「こくう」さんのホームページはyahooトップから 「こくう」と検索すれば出てきますが、URLはhttp://www.coqu.jp/
 

 「こくう」さんは、私共と同じようにご家族で経営され、大きな住宅2軒分の敷地の1階部分を「展示場と接客スペースに生かされ、見事に調和のとれた「店作り」は感服するしかなく、ここまで出来るかといううほど、こだわった空間を大切にされています。

 そのお店が、新しい「和の世界」への挑戦を始めようとされた訳です。それが「悉皆」だった、そして私共がその「手本」になれるかどうか分かりませんが、当社の目指す道を一緒に歩もうとされることになったのです。
posted by はりよし at 12:42| Comment(0) | きもの業界便り

2012年03月23日

あるお店の挑戦……!

奈良の大阪に近い住宅地で

創る事を主にして、「和の世界」を歩いてこられたお店があり、
今、「きもの」とその世界に欠かせない「悉皆」に挑戦しようとされています。

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「悉皆」なる世界を、年頭のブログに少しご紹介しましたが、
私が50年あまりいた「きものの世界」は、まさしく悉皆を中心にした人生でした。

ここ10年来「きもの」の世界は、破綻寸前を彷徨う状態ににあり、
メンテナンスと「悉皆」が強く意識されるようになっています。

 「きもの」のお手入れは、専門店の「悉皆屋さん」にお願いしよう、
との主旨で、年頭の朝日新聞紙上で大きく取り上げられていました。

 こんな言葉を知る「新聞人」がいることに大きく感動した訳ですが、
今や死語とも言える言葉に注目したのには、この記者には「どんなきっかっけが有ったのでしょう……!」

 きものの「お手入れ」は我が社の最も得意とするところであり、常にPRに重点を置いています。
つまり「悉皆屋」こそ私達の使命であり、生きるすべなのです。

このほどの奈良のお店との交流は、まさしく悉皆なのです。
 先日来相互訪問を重ね、交流と情報交換を始めましたが、
お客様を含め「三方良し」を念じ、社会貢献を目指そうと私共と手をつなぐ事になる訳です。

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どんな発展を見せるか?双方にどんな意識改革を生み、
新しい「和ときものの世界」に新風を吹き込みたいものです。
posted by はりよし at 12:07| Comment(0) | きもの業界便り

2012年03月18日

「東大寺の修二会」= お水取り」。

毎年訪れるこの日、今年は待ち遠しかった

世界平和を祈り、国家の安泰を祈願する親しみ深い歳時記です。
関西では「お水取り」として親しまれ、春の訪れを予告することで有名ですが……!

 3月5日、18時ころから「北出仕口」に並び練行衆の上堂を待ちます、「お松明」はあまり見られませんが、「お松明」なるものの必要な訳が判りました。「お松明」は練行衆一人一人の先導となる「灯り」なのです。
 
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東大寺創建の年から1260年間、途絶えることなく続いた「不退の行法」と言われるものです。

この「行」が如何に大変な「行」か?
目と耳でそして五感を研ぎ澄まして、体験してきました。

「行」は20時前から始まり、深夜3時まで続きましたが、
当日は暖かく、カイロ、手袋、座布団などの防寒対策は充分でしたので、寒さは負担になりませんでした。

18時までに、二月堂の裏まで上がって待機し、午後7時の11人の「練行衆」の上堂を待ちます。

 この行法は11人の「練行衆」が、全ての人々の罪過を代わって懺悔し、天下泰安・風雨順時・五穀豊穣・万民快楽を観音菩薩に念じる「行」なのです。そしてこの「行」は三月一日から十四日まで続くとんでもな長期間の荒行なのです。

 14日間に及ぶ11人の「練行衆」の「精進ぶり」は、たった一夜の体験でも私達に訴えるものがありました。
 「五体投地」という「荒行」があり、11人の「練行衆」の数人が交代に100回近くなされる。
目の当たりに見たこの荒行は、この世のものとは思えない不思議な「行」でした。

 そして、全体に流れる経文と「走り」の行法と言われる、まさしくその「走り」は想像もしないすざましい世界でした。
(一晩中走っているような印象が残ります)

 「行」の開始時は内陣は参拝者で満員でしたが、9時以降はどんどん減ります(電車がなくなるので)。
折角の機会で、最高のポジションで最後まで見ました。

 佳境に入った「日を跨ぐ」時刻頃には、息をも尽かせぬほどの激しさを持った時間が二時間ほども続きました。
いずれにしろ、門外漢には語り尽くせない貴重な時間と「激しさ」を体験し,終わったのは午前三時、それから車に戻り帰宅の途につきました。
 帰宅したのは午前4時になっていました。
posted by はりよし at 12:52| Comment(0) | 旅とその想い