2012年04月21日

悉皆という言葉が……!

 悉皆(ことごとく皆)という言葉があります

 と1/10のブログに書き込みました。
末尾に、こんな業界用語が「ちまた」で普通に使われていたのは、30年以上も前のことです。
 今も尚「悉皆屋」の元締め「大阪府きもの洗染染協同組合」=以下組合という、として法人組織で存続しています。
 続きは次回に。

 以上のように悉皆屋なるものについて書き始めましたが、そのままになっていましたのでお詫びがてら続きを書きます。
 組合は戦後間もなく、戦前にあったものを改組し法人組織になり、600人を超える組織でスタートしたと先代より聞いています。
 きもの離れはこの世界にも浸透し、見る影もない微少な組織に落ち込んでしまいました。

 そして改組、合併、解散などを視野に組織変更を迫られています。

 「悉皆屋」こそ私達の使命であり生きるすべだ、と私の店のあるべき姿を訴えかけていきたいと思っています。
 私共にお越し下さるお客様は最近富に増えてきています、何故なら安易に頼める気楽な店が「巷」になくなったからなのです。
 そして、「きもの」のトラブルは千差万別、どこの呉服屋やデパート・専門店でも対応出来るものではないのです。
 私達のPR活動はそのためにあり、結果として来店いただけるお客様が増えている訳です。

 「きもの」のトラブルとはどんなものでしょう?
○ 着たままにしてあったら「シミ」が目立って「しみ抜き」したい
○ 母のきものを着られるように直したい
○ 若い頃のきものが、寸法が合わなくなった
○ 結婚式やパーティーなどで着たきものを、お手入れしてからしまいたい
○ 派手になったきものを、歳にあった地味なものにしたい

等、ご要望は様々です。

そんなことを一つずつお話ししていきましょう。以下続きは
posted by はりよし at 14:46| Comment(1) | きもの業界便り

2012年04月20日

岐阜 犬山から=続き

「一張」ずつ灯されていく「ろうそくの灯火」は心許なく、夜のとばりも深まらない中その「明かり」の点灯はまさしくもどかしい。
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現代にはない、一斉にということではない「少しずつ」の世界があった。
 私達が中心に見たのは、13輛の内お城近くに集まる6輛だった。(残り7輛は名鉄名古屋駅あたりで見られる)
その6輛は、京都祇園祭のような派手さもなく、京情緒豊かな「祇園囃子」があるわけでもないが、地元の人達に語りかけると心の底からの「祭り自慢」が聞こえる……!
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慌ただしい時代を生きる私達が、悠々とした時間の流れに浸る事が出来、心にゆとりをもらって今回の旅の「豊かさ」をしみじみ味わえた。

 同行した友人は小学校の一年から机を並べ、高校まで同じ学校、クラブも一緒そしてその後の永い生涯のほとんどを共に過ごしてきた。

 この夫妻との旅は初めてで、今回この地を訪ねたのは、高校のクラブのアイドルだった女性の誘いに乗ったからだ。
 15才で出会って「賀状」の交換はあったものの、親交が深いと言えるほどではなかった。
しかし50年を超える歳月もものかは、あっという間にその歳月は埋まった。

 心のこもった素晴らしい歓待を受け、幻のようだった時間を埋めてくれた彼女の「情愛」には、お礼の表しようもないほどの喜びをいただいた。
 「招く」と「もてなす」心を、隙間のないほど純粋に見せてもらい、そして彼女の優しさと、その家庭を築いてこられたご主人様の心情も共に見せていただいた。
posted by はりよし at 15:16| Comment(2) | 旅とその想い

2012年04月19日

名城の側で「犬山祭り」

犬山城は、日本に四つしかない「国宝の城」の一つである。

 数年前仕事で訪れた「岐阜」に、岐阜城ではない「この城=犬山」が岐阜のすぐ隣にある事は知っていた。
 数少ない木造で、創建当時の姿を留めた偉容は「城ファン」の私にとって、側まで行っていて尋ねない「法は」なかった。

 その折尋ねたあこがれの城は、期待に違わぬ時代を映したまさしく「国宝」の城だった。
 戦国当時を象徴するような「名城」としての立地、これこそ堅固な城と思えるのだが、戦国時代4回も落城したことでも有名である。(詳細は省く)

 偶然訪ねた犬山で、その折に出会ったのが秋の「犬山祭り」だった。
その時は「祭り」を堪能する時間はなかったが、京都の祇園祭りを彷彿とさせる「車山=だし」は
偉容とまで行かないまでも、この長良川の奥の古い町に「都=京都」への強いあこがれと郷土愛を感じた。

 今回訪れたのは、岐阜に住む古い友人が私達を招いてくれたからで、見るなら「桜」の犬山城と「祭り」見物を目指したからこの時期を選んだ。
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 この「車山=だし」の「売り」はそれぞれの「車山=だし」の最も高見で、多くの人達に見られるように演じられるからくり「人形」達の演舞だろう……!
 今回これがの強い興味を引くものとして、「犬山祭り」を訪れたが十分に堪能するするところまではいかなかった。

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 しかし、もう一つの山は夕暮れ時が近づくと町衆達が次々と「車山」の周りに集い始める。そう「車山=だし」に飾られた提灯に点火を始めるのだ。六つの「車山」に全部で365張の提灯に一本づつ「ろうそく」に灯が灯されていく。今なら一斉点灯が当たり前、LEDで煌々と行きたいところだろう……!
 でも敢えて一つずつ、灯は灯されていく。

 まさしく時代を超えて夢を見るようなゆったりした時間が流れていく。
 ☆ つづく……!
posted by はりよし at 11:36| Comment(2) | 日記

2012年03月29日

選抜高校野球に感動

 春は選抜からと昔から言われるこの大会……!

今年は格別の思いで見ている、何故なら古豪と言われる徳島の鳴門高校が出場し、キャッチャーを守る私のいとこの孫が、昨日「さよならヒット」を打ったからだ。


 そのゲームは、【作新学院・鳴門】10回裏鳴門2死満塁、日下大輝が逆転のレフトオーバーのサヨナラ長打を放ち、ガッツポーズをみせてくれた。
 http://mainichi.jp/senbatsu/12/graph/07-2/11.html(写真をどうぞ)

 この日下大輝(ひろき)君が、私の父の兄の長女(私のいとこ)の孫なのです。このいとこの兄は野球狂(阪神狂)で、50年くらい前毎年夏に鳴門から「巨人戦」を見に鳴門市役所の同僚を引き連れてやってきた。
 そしてその都度内に泊まり、私を甲子園に連れて行ってくれたのです。

 結果として私は阪神に取り憑かれ、3人の息子も妻(元々阪神ファンだった)も大の阪神ファンとなった「元」となる訳である。

とにかく昨夜従姉妹としゃべり、喜びを語り合ったのである……!
posted by はりよし at 17:11| Comment(0) | 日記

あるお店の挑戦……!その二

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あるお店とは……!

 奈良市の南、紅葉で有名な竜田川の側の高級住宅地で、10年くらい前からこの地で営業を始められました。
 それ以前は上本町2丁目の表通りで「商い」され、ユニークな創作「和物」、特に「作務衣」が特徴的です。「こくう」という店名も印象的で、上二の頃訪問した印象は「こだわり」に満ちた店と拝見しました。

 そして凡そ10年、不思議なきっかけが私共との「ご縁」をつないでくれた訳です。

 「こくう」さんのホームページはyahooトップから 「こくう」と検索すれば出てきますが、URLはhttp://www.coqu.jp/
 

 「こくう」さんは、私共と同じようにご家族で経営され、大きな住宅2軒分の敷地の1階部分を「展示場と接客スペースに生かされ、見事に調和のとれた「店作り」は感服するしかなく、ここまで出来るかといううほど、こだわった空間を大切にされています。

 そのお店が、新しい「和の世界」への挑戦を始めようとされた訳です。それが「悉皆」だった、そして私共がその「手本」になれるかどうか分かりませんが、当社の目指す道を一緒に歩もうとされることになったのです。
posted by はりよし at 12:42| Comment(0) | きもの業界便り

2012年03月23日

あるお店の挑戦……!

奈良の大阪に近い住宅地で

創る事を主にして、「和の世界」を歩いてこられたお店があり、
今、「きもの」とその世界に欠かせない「悉皆」に挑戦しようとされています。

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「悉皆」なる世界を、年頭のブログに少しご紹介しましたが、
私が50年あまりいた「きものの世界」は、まさしく悉皆を中心にした人生でした。

ここ10年来「きもの」の世界は、破綻寸前を彷徨う状態ににあり、
メンテナンスと「悉皆」が強く意識されるようになっています。

 「きもの」のお手入れは、専門店の「悉皆屋さん」にお願いしよう、
との主旨で、年頭の朝日新聞紙上で大きく取り上げられていました。

 こんな言葉を知る「新聞人」がいることに大きく感動した訳ですが、
今や死語とも言える言葉に注目したのには、この記者には「どんなきっかっけが有ったのでしょう……!」

 きものの「お手入れ」は我が社の最も得意とするところであり、常にPRに重点を置いています。
つまり「悉皆屋」こそ私達の使命であり、生きるすべなのです。

このほどの奈良のお店との交流は、まさしく悉皆なのです。
 先日来相互訪問を重ね、交流と情報交換を始めましたが、
お客様を含め「三方良し」を念じ、社会貢献を目指そうと私共と手をつなぐ事になる訳です。

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どんな発展を見せるか?双方にどんな意識改革を生み、
新しい「和ときものの世界」に新風を吹き込みたいものです。
posted by はりよし at 12:07| Comment(0) | きもの業界便り

2012年03月18日

「東大寺の修二会」= お水取り」。

毎年訪れるこの日、今年は待ち遠しかった

世界平和を祈り、国家の安泰を祈願する親しみ深い歳時記です。
関西では「お水取り」として親しまれ、春の訪れを予告することで有名ですが……!

 3月5日、18時ころから「北出仕口」に並び練行衆の上堂を待ちます、「お松明」はあまり見られませんが、「お松明」なるものの必要な訳が判りました。「お松明」は練行衆一人一人の先導となる「灯り」なのです。
 
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東大寺創建の年から1260年間、途絶えることなく続いた「不退の行法」と言われるものです。

この「行」が如何に大変な「行」か?
目と耳でそして五感を研ぎ澄まして、体験してきました。

「行」は20時前から始まり、深夜3時まで続きましたが、
当日は暖かく、カイロ、手袋、座布団などの防寒対策は充分でしたので、寒さは負担になりませんでした。

18時までに、二月堂の裏まで上がって待機し、午後7時の11人の「練行衆」の上堂を待ちます。

 この行法は11人の「練行衆」が、全ての人々の罪過を代わって懺悔し、天下泰安・風雨順時・五穀豊穣・万民快楽を観音菩薩に念じる「行」なのです。そしてこの「行」は三月一日から十四日まで続くとんでもな長期間の荒行なのです。

 14日間に及ぶ11人の「練行衆」の「精進ぶり」は、たった一夜の体験でも私達に訴えるものがありました。
 「五体投地」という「荒行」があり、11人の「練行衆」の数人が交代に100回近くなされる。
目の当たりに見たこの荒行は、この世のものとは思えない不思議な「行」でした。

 そして、全体に流れる経文と「走り」の行法と言われる、まさしくその「走り」は想像もしないすざましい世界でした。
(一晩中走っているような印象が残ります)

 「行」の開始時は内陣は参拝者で満員でしたが、9時以降はどんどん減ります(電車がなくなるので)。
折角の機会で、最高のポジションで最後まで見ました。

 佳境に入った「日を跨ぐ」時刻頃には、息をも尽かせぬほどの激しさを持った時間が二時間ほども続きました。
いずれにしろ、門外漢には語り尽くせない貴重な時間と「激しさ」を体験し,終わったのは午前三時、それから車に戻り帰宅の途につきました。
 帰宅したのは午前4時になっていました。
posted by はりよし at 12:52| Comment(0) | 旅とその想い

2012年03月01日

一日からは奈良東大寺二月堂の「お水取り」が

毎年訪れるこの日、今年は久しく待ち遠しかった「春」を呼ぶ「お水取り」。

東大寺創建の年から1260年間、途絶えることなく続いた「東大寺の修二会」として、「不退の行法」と言われるものです。

世界平和を祈り、国家の安泰を祈願する親しみ深い歳時記です。
関西では「お水取り」として親しまれ、春の訪れを予告することで有名ですが……!

下記のような触れ込みで、先日(20日)東大寺から「内陣参拝券」が届きました。

 一番奥が特等席で先着順で入ります。そのため少し前(19時ころ)から「北出仕口」に並ぶ必要があります。「お松明」はあまり見られませんが「お松明」が終わってから堂内に入ります。

「行」は20時頃から始まり、深夜まで続きます。
当日は、防寒対策として、服装は厳重にし、カイロ、手袋、座布団も必要です。

出来るだけトイレに行かないように、当日の水分は控えます。当然アルコールは御法度です。
食事はあらかじめ済ませ、18時までに二月堂の裏まで上がり待機します。

「行」の開始時は内陣は参拝者で満員ですが、10時以降はどんどん減ります(電車がなくなるので)。
折角の機会なので最高のポジションで最後まで見たいと思います。

「五体投地」という「荒行」もあります
長時間(午前2時頃まで)寒い中、がんばってきます。
posted by はりよし at 17:18| Comment(0) | 旅とその想い

2012年01月10日

悉皆(ことごとく皆)という言葉があります

あけまして、おめでとうございます。

 あっと言う間に「十日戎」を迎えてしまいました。
 今年の年賀状には、2030年、「創業百周年」を夢見、伝統に恥じない「きもの屋」として面目一新の年を目指します。
 お客様のご愛顧に応え、はりよしへのご信頼に甘えず、お客様第一の様々な「着物と和の世界」にご提案を差し上げます。
 次の世代に生きる「きもの屋」として………。

タイトルに書いた「悉皆」という言葉を、先日朝日新聞紙上で大きく取り上げられているのを見つけ、今年の年初の「ブログ」はこれで行こうと決めていました。
 「きもの」のお手入れは、専門店の「悉皆屋さん」にお願いしよう、との主旨でした。
 こんな言葉を知る「新聞人」がいることに大きく感動した訳です。今や死語とも言える言葉に注目したのには、どんなきっかっけが有ったのでしょう……!

 きものの「お手入れ」は我が社の最も得意とするところであり、常にPRに重点を置いています。
つまり「悉皆屋」こそ私達の使命であり、生きるすべなのです。

 こんな業界用語が「ちまた」で普通に使われていたのは、30年以上も前のことです。
 今も尚「悉皆屋」の元締め「大阪府きもの洗染染協同組合」として法人組織で存続しています。

続きは次回に。

posted by はりよし at 12:05| Comment(0) | きもの業界便り

2011年10月20日

新しい弓を買った。

 何故なら、昨年夏買った弓が忽然と無くなったからである。
私にもミスがあったので「諦めること」とし、「新弓」を買い求めた。
 無くなった弓も「竹弓」だったので、今回も同じものを求めた。

「新弓」を自身のものにするのにはかなりの手間がかかる、もちろん先生にも指導を仰ぎながら自身の弓に作り上げていく、この過程は不器用な私にはハードなものでしたが、結果として作り上げていく「流れ」を楽しむことが出来たことになる。

 出来上がった私の弓は何とか道場に行って「引く」ことが出来るようになり、初めて「素引き」を繰り返し「巻藁」に向かう、新鮮な心躍る時間だった。
 今はもう「的前」に立ち的に向かって弓を引いているが、より丁寧に欲張らず「弓の世界」にチャレンジし続けたいと願っている。

 何故「弓」が無くなったかを詳しく話す気はないが、礼を重んじる「古武道」の世界で、しかも「神聖な道場」でそんな事故があること自体に「馴染まない」ものを感じた。
 非常に残念に思いこんな事故が続かないことを願う。(その後も同様の紛失事故が絶えないと聞く)

 新しい弓には名前を書かなければなりませんが、「竹弓」には「墨」が載りません。カシュウとか「漆」
等でしか書けないのです。(私は特に字を書くことは苦手で、人様=筆の立つ人に頼まなければなりません。材料を揃えて明日「名」と「購入日」などを書いてもらうつもりです) 

 さりながら、「新弓」を手にし「弓を育て」て行く気持ちの高ぶりが戻り、再度「弓の世界」に戻れたことを嬉しく思う、萎えかけていた気持ちが持ち直し、再度向上心を持って「初心」に還れることに感謝する。
 又「弓」の世界を自身の目標に向かって老骨に「鞭打つ」つもりです。
posted by はりよし at 14:25| Comment(0) | 日記