2012年04月20日

岐阜 犬山から=続き

「一張」ずつ灯されていく「ろうそくの灯火」は心許なく、夜のとばりも深まらない中その「明かり」の点灯はまさしくもどかしい。
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現代にはない、一斉にということではない「少しずつ」の世界があった。
 私達が中心に見たのは、13輛の内お城近くに集まる6輛だった。(残り7輛は名鉄名古屋駅あたりで見られる)
その6輛は、京都祇園祭のような派手さもなく、京情緒豊かな「祇園囃子」があるわけでもないが、地元の人達に語りかけると心の底からの「祭り自慢」が聞こえる……!
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慌ただしい時代を生きる私達が、悠々とした時間の流れに浸る事が出来、心にゆとりをもらって今回の旅の「豊かさ」をしみじみ味わえた。

 同行した友人は小学校の一年から机を並べ、高校まで同じ学校、クラブも一緒そしてその後の永い生涯のほとんどを共に過ごしてきた。

 この夫妻との旅は初めてで、今回この地を訪ねたのは、高校のクラブのアイドルだった女性の誘いに乗ったからだ。
 15才で出会って「賀状」の交換はあったものの、親交が深いと言えるほどではなかった。
しかし50年を超える歳月もものかは、あっという間にその歳月は埋まった。

 心のこもった素晴らしい歓待を受け、幻のようだった時間を埋めてくれた彼女の「情愛」には、お礼の表しようもないほどの喜びをいただいた。
 「招く」と「もてなす」心を、隙間のないほど純粋に見せてもらい、そして彼女の優しさと、その家庭を築いてこられたご主人様の心情も共に見せていただいた。
posted by はりよし at 15:16| Comment(2) | 旅とその想い

2012年03月18日

「東大寺の修二会」= お水取り」。

毎年訪れるこの日、今年は待ち遠しかった

世界平和を祈り、国家の安泰を祈願する親しみ深い歳時記です。
関西では「お水取り」として親しまれ、春の訪れを予告することで有名ですが……!

 3月5日、18時ころから「北出仕口」に並び練行衆の上堂を待ちます、「お松明」はあまり見られませんが、「お松明」なるものの必要な訳が判りました。「お松明」は練行衆一人一人の先導となる「灯り」なのです。
 
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東大寺創建の年から1260年間、途絶えることなく続いた「不退の行法」と言われるものです。

この「行」が如何に大変な「行」か?
目と耳でそして五感を研ぎ澄まして、体験してきました。

「行」は20時前から始まり、深夜3時まで続きましたが、
当日は暖かく、カイロ、手袋、座布団などの防寒対策は充分でしたので、寒さは負担になりませんでした。

18時までに、二月堂の裏まで上がって待機し、午後7時の11人の「練行衆」の上堂を待ちます。

 この行法は11人の「練行衆」が、全ての人々の罪過を代わって懺悔し、天下泰安・風雨順時・五穀豊穣・万民快楽を観音菩薩に念じる「行」なのです。そしてこの「行」は三月一日から十四日まで続くとんでもな長期間の荒行なのです。

 14日間に及ぶ11人の「練行衆」の「精進ぶり」は、たった一夜の体験でも私達に訴えるものがありました。
 「五体投地」という「荒行」があり、11人の「練行衆」の数人が交代に100回近くなされる。
目の当たりに見たこの荒行は、この世のものとは思えない不思議な「行」でした。

 そして、全体に流れる経文と「走り」の行法と言われる、まさしくその「走り」は想像もしないすざましい世界でした。
(一晩中走っているような印象が残ります)

 「行」の開始時は内陣は参拝者で満員でしたが、9時以降はどんどん減ります(電車がなくなるので)。
折角の機会で、最高のポジションで最後まで見ました。

 佳境に入った「日を跨ぐ」時刻頃には、息をも尽かせぬほどの激しさを持った時間が二時間ほども続きました。
いずれにしろ、門外漢には語り尽くせない貴重な時間と「激しさ」を体験し,終わったのは午前三時、それから車に戻り帰宅の途につきました。
 帰宅したのは午前4時になっていました。
posted by はりよし at 12:52| Comment(0) | 旅とその想い

2012年03月01日

一日からは奈良東大寺二月堂の「お水取り」が

毎年訪れるこの日、今年は久しく待ち遠しかった「春」を呼ぶ「お水取り」。

東大寺創建の年から1260年間、途絶えることなく続いた「東大寺の修二会」として、「不退の行法」と言われるものです。

世界平和を祈り、国家の安泰を祈願する親しみ深い歳時記です。
関西では「お水取り」として親しまれ、春の訪れを予告することで有名ですが……!

下記のような触れ込みで、先日(20日)東大寺から「内陣参拝券」が届きました。

 一番奥が特等席で先着順で入ります。そのため少し前(19時ころ)から「北出仕口」に並ぶ必要があります。「お松明」はあまり見られませんが「お松明」が終わってから堂内に入ります。

「行」は20時頃から始まり、深夜まで続きます。
当日は、防寒対策として、服装は厳重にし、カイロ、手袋、座布団も必要です。

出来るだけトイレに行かないように、当日の水分は控えます。当然アルコールは御法度です。
食事はあらかじめ済ませ、18時までに二月堂の裏まで上がり待機します。

「行」の開始時は内陣は参拝者で満員ですが、10時以降はどんどん減ります(電車がなくなるので)。
折角の機会なので最高のポジションで最後まで見たいと思います。

「五体投地」という「荒行」もあります
長時間(午前2時頃まで)寒い中、がんばってきます。
posted by はりよし at 17:18| Comment(0) | 旅とその想い

2011年10月07日

久しぶりに山を歩いた。

 10数年前からの念願だった「尾瀬」の湿原を目指す旅を今回は選んだ。
「尾瀬は以外とハードだった」、これが一番の感想で、あの平坦で整備された「木道」と湿原を彩る花々、そんなイメージを覆す年齢的には厳しい「山行」でした。

 7/2深夜大阪発、ひたすら高速を走り、群馬県片品村尾瀬戸倉到着。

戸倉に駐車して、タクシーで大清水まで行き、尾瀬沼へゆく大清水登山口、林道をたどりながら尾瀬沼に向かった、以前は一番多くの人で賑わったそうだ。

 私の足腰の衰えはもちろんながら、上り下りはかなりきついものがあり、初日(7/3、9:00歩き始め)、いきなり3時間30分の上り下り、休憩を一度挟み山小屋に、18:00着。
 今回は忙し過ぎて何の準備もなく、一度も歩くというトレーニングもせずだった。
少しトラブルがあったが、ハードな一日を無事何とか歩き続けられた。

今時の山小屋の整備された様相は、昔よく歩いた頃の「山小屋」を想像も出来ない綺麗な「宿」で、豊富な湯の風呂とビールが待ち構え、食事も十分満足できるものだった。

posted by はりよし at 18:06| Comment(0) | 旅とその想い

2011年01月23日

振り袖がハワイで、気に入られ

ハワイに「きもの」が根付いていることをご存じですか?

あのハワイで日本の「きもの」を着て「成人式」「十三参り」「七五三」「結婚式」こんな行事(人生の通過儀礼)で沢山の方に、「日本のきもの」が愛され親しまれ、「きものを着る」感動を与えているのです。

 祖国日本でさえもそんな恒例の行事に「歓喜」する子供達がそんなに多くはありません?
遙か太平洋の彼方「ハワイ」ホノルル市の日系の方々が、「喜々として」そんな行事を生活の中に取り込んでおられる。
 そしてエンジョイされ「日本人」を意識されるのか?祖国愛か?単なる「郷愁」か?

様々な思いが彼の地で「熱い想い」をもって受け入れられています。
 彼の地を訪れ、どれほどの方が「きもの」に溶け込み感動されているかを見てきました。
私達を「ハワイ」に招いてくれた「きもの達」は彼の地で大歓迎を受け、沢山の方に末永く愛されることになりました。
 日本で見捨てられた「きもの」たちが、1200年の伝統の技法で日本で作られた「きもの達」が、蘇り新しい命をもらいました。

 私達がその仲立ちを出来たことは、この上もない喜びと「感動」でした。
 苦しみ抜いた「きもの業界」で、このように晴れがましく受け入れられた「きもの」達がいかほどあったことでしょうか?
 着物と共に生きた「50年」の中でもまさかの「歓喜」の時間でした。
posted by はりよし at 12:31| Comment(1) | 旅とその想い

2011年01月21日

祖国への熱い「想い」

 年頭に高野山(金剛峯寺)の金堂で、「新年修正会」が行われていると聞く。
その「祈り」は「日本の国が豊かで平和」でありますようにと祈祷される。
(国が豊かで平和あれば、そこに住む我々皆はその恩恵を受ける)


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ホノルル弘法寺 住職 沖村全栄 師
 

そして高野山の「奥の院」では「初護摩修法会」が行われる。

ホノルル弘法寺 で「初護摩修法会」を執行する 古高尚師 師

ホノルル弘法寺 で「初護摩修法会」を執行する 古高尚師 師

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ご詠歌を唱和する、弘法寺の信徒さん

 

私達がはるばる「ハワイ」の地を踏むことになったのは、現地にある真言宗のハワイ別院「弘法寺」の「新年祈祷会」と「初護摩修法会」にお招き戴いたのがきっかけである。

「弘法寺」のご住職は沖村全栄師で、永い高野山での修行と共に、高僧の地位を得てハワイに帰り「布教活動」を情熱的に継続されている方なのである。

 沖村全栄師の「新年祈祷会」と日本の高野山での兄弟弟子である「古高尚師」師の「初護摩修法会」が、毎年この寺で新年第二日曜に同時進行で開かれており、沢山の善男善女が集まる。

 日頃仏教になじまない私達にとって、「新年祈祷会」と「初護摩修法会」という二つの「祈り」は大変新鮮なものだった。これらが日本の末寺では久しく絶えた「祈り」の集まりと聞く。

 そんな「祈り」が、遙か太平洋の彼方「ハワイ」ホノルル市でいとなまれ、そして多くの信者がこの「祈り」に集まり、「沖村全栄師」の説教を聞く。

 日系の二世から六世くらいまでの人たちが、巧みな英語と日本語の混じった「法話」に聞き入る、日本から参加した我々も思わず聞き惚れた。
 これほど敬虔な「信仰心」を持つ人々が、ハワイに住み事業を営み、生活を守り子を育て、日本人の心と伝統を守り続けてきた。

 これらの人々に心の底から感謝を捧げたい。私は人々の心を、祖国への熱い「想い」を伝える努力をしてみたい。
 そんなささやかな望みが生まれた旅だった。
posted by はりよし at 09:05| Comment(0) | 旅とその想い