2016年12月26日

新歌舞伎座で第九です、私達の合唱団が唱いました。

随分久しぶりになりました。私のブログを楽しみにしていただいていた方も沢山お出ででしたが、私のずぼらが災いしてどなたもお立ち寄りではないようです……!第九歌舞伎座.JPG  一昨日の第九本番のリハーサルです。こともあろうに新歌舞伎座の舞台です。12/24のコンサートでした。
posted by はりよし at 16:47| Comment(0) | 日記

2012年04月19日

名城の側で「犬山祭り」

犬山城は、日本に四つしかない「国宝の城」の一つである。

 数年前仕事で訪れた「岐阜」に、岐阜城ではない「この城=犬山」が岐阜のすぐ隣にある事は知っていた。
 数少ない木造で、創建当時の姿を留めた偉容は「城ファン」の私にとって、側まで行っていて尋ねない「法は」なかった。

 その折尋ねたあこがれの城は、期待に違わぬ時代を映したまさしく「国宝」の城だった。
 戦国当時を象徴するような「名城」としての立地、これこそ堅固な城と思えるのだが、戦国時代4回も落城したことでも有名である。(詳細は省く)

 偶然訪ねた犬山で、その折に出会ったのが秋の「犬山祭り」だった。
その時は「祭り」を堪能する時間はなかったが、京都の祇園祭りを彷彿とさせる「車山=だし」は
偉容とまで行かないまでも、この長良川の奥の古い町に「都=京都」への強いあこがれと郷土愛を感じた。

 今回訪れたのは、岐阜に住む古い友人が私達を招いてくれたからで、見るなら「桜」の犬山城と「祭り」見物を目指したからこの時期を選んだ。
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 この「車山=だし」の「売り」はそれぞれの「車山=だし」の最も高見で、多くの人達に見られるように演じられるからくり「人形」達の演舞だろう……!
 今回これがの強い興味を引くものとして、「犬山祭り」を訪れたが十分に堪能するするところまではいかなかった。

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 しかし、もう一つの山は夕暮れ時が近づくと町衆達が次々と「車山」の周りに集い始める。そう「車山=だし」に飾られた提灯に点火を始めるのだ。六つの「車山」に全部で365張の提灯に一本づつ「ろうそく」に灯が灯されていく。今なら一斉点灯が当たり前、LEDで煌々と行きたいところだろう……!
 でも敢えて一つずつ、灯は灯されていく。

 まさしく時代を超えて夢を見るようなゆったりした時間が流れていく。
 ☆ つづく……!
posted by はりよし at 11:36| Comment(2) | 日記

2012年03月29日

選抜高校野球に感動

 春は選抜からと昔から言われるこの大会……!

今年は格別の思いで見ている、何故なら古豪と言われる徳島の鳴門高校が出場し、キャッチャーを守る私のいとこの孫が、昨日「さよならヒット」を打ったからだ。


 そのゲームは、【作新学院・鳴門】10回裏鳴門2死満塁、日下大輝が逆転のレフトオーバーのサヨナラ長打を放ち、ガッツポーズをみせてくれた。
 http://mainichi.jp/senbatsu/12/graph/07-2/11.html(写真をどうぞ)

 この日下大輝(ひろき)君が、私の父の兄の長女(私のいとこ)の孫なのです。このいとこの兄は野球狂(阪神狂)で、50年くらい前毎年夏に鳴門から「巨人戦」を見に鳴門市役所の同僚を引き連れてやってきた。
 そしてその都度内に泊まり、私を甲子園に連れて行ってくれたのです。

 結果として私は阪神に取り憑かれ、3人の息子も妻(元々阪神ファンだった)も大の阪神ファンとなった「元」となる訳である。

とにかく昨夜従姉妹としゃべり、喜びを語り合ったのである……!
posted by はりよし at 17:11| Comment(0) | 日記

2011年10月20日

新しい弓を買った。

 何故なら、昨年夏買った弓が忽然と無くなったからである。
私にもミスがあったので「諦めること」とし、「新弓」を買い求めた。
 無くなった弓も「竹弓」だったので、今回も同じものを求めた。

「新弓」を自身のものにするのにはかなりの手間がかかる、もちろん先生にも指導を仰ぎながら自身の弓に作り上げていく、この過程は不器用な私にはハードなものでしたが、結果として作り上げていく「流れ」を楽しむことが出来たことになる。

 出来上がった私の弓は何とか道場に行って「引く」ことが出来るようになり、初めて「素引き」を繰り返し「巻藁」に向かう、新鮮な心躍る時間だった。
 今はもう「的前」に立ち的に向かって弓を引いているが、より丁寧に欲張らず「弓の世界」にチャレンジし続けたいと願っている。

 何故「弓」が無くなったかを詳しく話す気はないが、礼を重んじる「古武道」の世界で、しかも「神聖な道場」でそんな事故があること自体に「馴染まない」ものを感じた。
 非常に残念に思いこんな事故が続かないことを願う。(その後も同様の紛失事故が絶えないと聞く)

 新しい弓には名前を書かなければなりませんが、「竹弓」には「墨」が載りません。カシュウとか「漆」
等でしか書けないのです。(私は特に字を書くことは苦手で、人様=筆の立つ人に頼まなければなりません。材料を揃えて明日「名」と「購入日」などを書いてもらうつもりです) 

 さりながら、「新弓」を手にし「弓を育て」て行く気持ちの高ぶりが戻り、再度「弓の世界」に戻れたことを嬉しく思う、萎えかけていた気持ちが持ち直し、再度向上心を持って「初心」に還れることに感謝する。
 又「弓」の世界を自身の目標に向かって老骨に「鞭打つ」つもりです。
posted by はりよし at 14:25| Comment(0) | 日記

2011年02月27日

母校が無くなる その2

 私は今、高校の倶楽部のOB会の準備に、仲間達と共に懸命に心を砕いています。
以前のコメントのように、我が母校は「平成24年春」他2校と合併し 消え去る運命にあるからです。

そして私達が愛してやまなかった母校のクラブ(吹奏楽部=音楽部)も新設される学校に合同され無くなります。私達OB会(在籍者624名)も消えゆくこととなります。
 戦前ながら昭和16年第1回吹奏楽全国大会(コンクール)に「優勝」という栄光のあるクラブでした。

消えゆくものを愛おしむ熱い心を持つ仲間達と、来月3/19、お別れのコンサートと「手仕舞いの会」を開きます。

 いずれにしろ、90才を超える先輩から、20前後の後輩まで、全員とコンタクトをとり昨年11/7「案内」の発送、順調に参加者も伸び100人を超えるまでになり、コンサート出演者も30人に及びます。
 あと2回の練習と、準備会をもう一度くらいもち「本番」です。

参加者も100人を超えると色々プレッシャーが来ます。続きは後ほど……!お客様です。
posted by はりよし at 09:53| Comment(0) | 日記

2011年01月08日

あけましておめでとうございます。

仕事始めが6日で慌ただしく、今日出発で「ハワイ」に行きます。

今年は新年がプレッシャーです、そう「ハワイ」へ行かなければならないのです。
 私達は海外にはご縁のない仕事をしているつもりでしたし、まさかと思っていた「ハワイ」に行けるチャンスをもらいました。

 何故か「きもの」達が「海外」への道を着けてくれ、道案内を努めてくれることになったのです。
 今、きものは悲惨な時代を過ぎ「復活の息吹」を感じます。「きもの屋」は生き残る義務を負っており、それは「1200年」の歴史が証明しています。
 生きる「術」を知るきもの屋だけが生き残り、着物の世界にある沢山の培われた技術、ごまかしを許さない伝統産業、そんな着物の世界が生き残るのです。

 そんな熱い想いを今年も伝え続け、「きもの」が次世代のきもの文化を育んでくれることを念じ続けます。

 日本の「きもの」は無くならないし、日本人の心が海外にも生き残っています。
 私達が「ハワイ」に運んで、選んでいただくきもの達は幸せなんです。
タンスに眠っていたのに新しい生きる道をもらい、生まれ出た時代の「期待」を身体一杯「はらんで」新しい生きる道に出会うのです。

 そんな訳で「きもの」達と一緒に「ハワイ」にいってきます、今日午後出発です。
 帰ったら、いいご報告を差し上げたいと思います。
posted by はりよし at 12:55| Comment(0) | 日記

2011年01月01日

大晦日

後夜(ごや)祝い=大晦日 
 大晦日深夜に集まり、明けて1月1日 元旦午前0時から執行される新年最初の行事です。仏様の世界(仏教界)には古くは昔千二百年前から、一般のお寺で行われていた新年の大切な法要だったそうですが、今は執り行う寺院も数少なくなったとのことです。

歳~様・氏神様をお迎えして【松三宝】【力餅】【屠蘇】を戴いて、一年の無病息災を祈念するのだそうです。

 ご縁があって、この年になって初体験となる、年始のお寺の行事に参加することが出来た。

特に【松三宝】【力餅】【屠蘇】この三つの「祝い物」を、住職手づから一人づつ丁寧に戴くのは興味深く、「仏様」を意識するいい瞬間だった。

 1月2日には、【修正会】(しゅじょうえ)という新年祈祷がある、これにも参加させてもらい新しい年に、会社の「安定成長」を祈願し、自身は弓の「参段昇段」を祈祷してもらう。
この年にして不思議なほど、色んな新しい出会いをいただく今日この頃、日々を新鮮に感じる時間です。

 「年越し」は嬉しい瞬間だし、年を改め気持ちも新たに高め、自身に店に「節目」をもらういい時間にしていただいた。
 明日の【修正会】は、又違う印象を持つかも知れません。
posted by はりよし at 19:07| Comment(0) | 日記

2010年12月22日

きものを着る宣言

 私は年に2回くらい洋服の「スーツ」を着なければならないことがある。
大阪には「ザ・シンフォニーホール」という日本で最初のクラシックコンサート専用ホールがある(創立1982年当時のキャッチフレーズ)。

 そこでのコンサートでは、私は舞台上を除く全ての場所で色んな意味での全権を任されている。そんな場では「きもの」では世間は認めてくれないだろう。
 その立場上こんな時だけは「スーツ」を着るしかない。

 18日も初めての出会いとなる、「指揮者」との出会いだった。彼は力量を認められ、将来を嘱望される、これから大切に付き合いたい方であった。
 最初からきものでは先方さんも驚かれると思い、結果として「スーツ」を着ることになった

 つまり「きものを着る宣言」をしている私は、ほとんどの場所では「きもの」しか着ない。そんな私には、苦痛な時間となる。でも時と場合には仕方がないこともある。
 
 開き直って「きものを着ろ」という意見もありますが……!

指揮者、岩村 力先生と(ス−ツ姿の私)
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posted by はりよし at 16:29| Comment(0) | 日記

2010年12月19日

琵琶湖のほとりで

 今夜は琵琶湖のほとりの静かな温泉に泊まります。

私達の店といつも丁寧な連携を重ね、もう7年くらいになる、滋賀県草津の「リサイクル 着物」のお店「和蔵」の方々との忘年会です。
 私がいつもお話しする「絶滅寸前のきもの屋」が、生き残ったお店の代表選手でしょう……!

 毎年、年末には琵琶湖畔にお招きいただく。年の暮れの慌ただしさを「ひととき」でも忘れさせていただく、「和蔵」さんの温かい思いやりなのです。
 「背水の陣」にあるきもの業界の中、「元気」に生き残ろうとするパワーの「分かち合い」の時間です。
 私達は生き残りを達成したと、今年80周年の年に宣言しました、しかし安閑としてはおれません。

さてこれからのきもの業界はどうなるのでしょう……!
 はっきり申しあげて旧来型の店舗を維持し続けることは不可能と思います。
だから私達二つの店舗は、一緒になって智恵を振り絞り続けるわけです。
posted by はりよし at 12:22| Comment(0) | 日記

2010年12月13日

ベートーベン「第九」のコンサート

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昨日は関西フィルのベートーベン「第九」のコンサートだった。
ご存じベートーベンの「第九」は合唱付きとも「歓喜の歌」とも呼ばれます。 ベートーベン最晩年の曲で、合唱をやっているというと、どなたに関わらず「第九」ですかと返ってくる。

それほど有名になったベートーベン「第九」は、およそ30年前に最も盛んに演奏された。関西近辺でも、毎年12月には数十回のコンサートがあったはずです。
(現実に私自身、12月には10回くらい舞台に立った記憶が数年続いたのを覚えています。)その頃大阪城ホールでの「一万人の第九」が始まった筈です。そして「第九」は一気に大衆化され、日本人に ベートーベン「第九」を植え付けました。

 第九についてはまた詳しくお話しする機会もあるかと思います。
昨夜の件に話を戻しますと、昨夜私が敬愛して止まない「マエストロ」=飯守泰次郎先生が秋の叙勲で「旭日小綬章」を受賞され、その記念パーティーに招かれました。

 マエストロ」=飯守泰次郎先生は、受賞の「喜びの言葉」として「個人が代表して戴きましたが、本来オーケストラや合唱団員が受け取るべきものだ」と謙虚に話され、受賞の喜びは、この席のみんなのものだと話されました。
 マエストロ」=飯守泰次郎先生は70才。小林研一郎氏と並ぶ日本人の最高齢の指揮者の一人です。
 現在関西フィルハーモ−ニー管弦楽団の常任指揮者で、来年から「桂冠指揮者」の称号が付されます。

 以下の写真は、12/7の私達合唱団の定期公演のものです。

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12/7 第9回目の「オラトリオ定期」、ベートーベン「ミサソレムニス」の練習風景です。
多くの団員の気力に満ちたリハーサルです。(於いて ザ・シンフォニーホール)
posted by はりよし at 14:51| Comment(0) | 日記

2010年11月27日

江戸時代中期

今回展示した当社が所蔵しています、江戸縮緬の小袖が、「女の装い 三百年」=江戸・明治・大正の中に同じ制作者であることが、明らかに読み取れる一枚がありました。

その小袖は、「紺縮緬地蝶竹馬衣布座飛鶴文様」と表記され、江戸時代中期の極初めの方に蒐集掲載されています。
 
7.jpg運動会.jpg

そしてその解説文には、紺地に白上げ友禅をして、金駒繍いと紅、萌葱の繍切り繍いを控えめに加える。このように単位文様を全体に配して繋がる構成の小袖は、宝暦から天明あたりによく見られる。
(後略)
posted by はりよし at 15:09| Comment(0) | 日記

2010年11月13日

母校が無くなる



私は今、高校の倶楽部のOB会の準備に、懸命に心を砕いています。

といいますのも我が母校は「平成24年春」他2校と合併し、 消え去る運命にあるからです。

そして私達が愛してやまなかった母校のクラブ(吹奏楽部=音楽部)も新設される学校に合同され無くなります。

私達OB会(在籍者624名)も消えゆくこととなります。

戦前ながら昭和16年第1回吹奏楽全国大会(コンクール)に「優勝」という栄光のあるクラブでした。

消えゆくものを愛おしむ熱い心を持つ仲間達と、明年3/19、お別れのコンサートと「手仕舞いの会」を開きます。

いずれにしろ、90才を超える先輩から、20前後の後輩まで、全員とコンタクトをとるため先週「案内」の発送をしました。

今そろそろ返信が帰ってきています。

そのお一方の文を紹介し、今日の私の熱い想いを感じていただきたいと思います。


昭和22年卒(旧制中学校)81才の某氏より
 現在独居老人でおります。家内(84才、認知症)の介護に専らかかっております。
 ☆ 音楽部に於ける経験、経過
 1年生の時、「自称音楽部見習生」=正式の部員とは?として、講堂に於ける先輩の方々の練習時には、「長いす」に座って見聞していた。ただし第2次世界大戦争に突入して1年目のこととて本校も戦時体制に沿うようクラブ活動も変化、軍人予備軍の訓練になるように体育系のクラブが重視されることとなる。6月、しこうして小生は柔道部に入部することとなる。(日本一になった音楽部を目指して入学した母校で、柔道をしなければならなかった時代背景)



以上「悲しい時代」のお便りでした。

posted by はりよし at 14:51| Comment(3) | 日記

2010年04月01日

検定



いろいろな検定があります。

有名なら「漢検」「英検」「色彩検定」「簿記検定」など。

歴史なら「三国志」「京都」「大阪」もありますね。

きものの世界にも「きもの文化検定」という検定があります。

1級〜4.5級まで。

昨年、受験してみました。4.5級は合格、3級は不合格でした。

仕事柄、いろいろな事を知っておいた方がいいですし、実際とてもタメになります。

せめて2級までは合格したいですね。


posted by はりよし at 18:06| Comment(2) | 日記

2010年03月31日

ブログ始めました


こんにちは。

まだまだ、朝は寒いですね。

早く暖かくならないかなぁ。

近所の桜が咲き始めています。

お花見も来週くらいが見頃かもしれませんね。

少しずつではありますが、よろしくお願いします。


posted by はりよし at 13:28| Comment(0) | 日記