2012年03月01日

一日からは奈良東大寺二月堂の「お水取り」が

毎年訪れるこの日、今年は久しく待ち遠しかった「春」を呼ぶ「お水取り」。

東大寺創建の年から1260年間、途絶えることなく続いた「東大寺の修二会」として、「不退の行法」と言われるものです。

世界平和を祈り、国家の安泰を祈願する親しみ深い歳時記です。
関西では「お水取り」として親しまれ、春の訪れを予告することで有名ですが……!

下記のような触れ込みで、先日(20日)東大寺から「内陣参拝券」が届きました。

 一番奥が特等席で先着順で入ります。そのため少し前(19時ころ)から「北出仕口」に並ぶ必要があります。「お松明」はあまり見られませんが「お松明」が終わってから堂内に入ります。

「行」は20時頃から始まり、深夜まで続きます。
当日は、防寒対策として、服装は厳重にし、カイロ、手袋、座布団も必要です。

出来るだけトイレに行かないように、当日の水分は控えます。当然アルコールは御法度です。
食事はあらかじめ済ませ、18時までに二月堂の裏まで上がり待機します。

「行」の開始時は内陣は参拝者で満員ですが、10時以降はどんどん減ります(電車がなくなるので)。
折角の機会なので最高のポジションで最後まで見たいと思います。

「五体投地」という「荒行」もあります
長時間(午前2時頃まで)寒い中、がんばってきます。
posted by はりよし at 17:18| Comment(0) | 旅とその想い

2012年01月10日

悉皆(ことごとく皆)という言葉があります

あけまして、おめでとうございます。

 あっと言う間に「十日戎」を迎えてしまいました。
 今年の年賀状には、2030年、「創業百周年」を夢見、伝統に恥じない「きもの屋」として面目一新の年を目指します。
 お客様のご愛顧に応え、はりよしへのご信頼に甘えず、お客様第一の様々な「着物と和の世界」にご提案を差し上げます。
 次の世代に生きる「きもの屋」として………。

タイトルに書いた「悉皆」という言葉を、先日朝日新聞紙上で大きく取り上げられているのを見つけ、今年の年初の「ブログ」はこれで行こうと決めていました。
 「きもの」のお手入れは、専門店の「悉皆屋さん」にお願いしよう、との主旨でした。
 こんな言葉を知る「新聞人」がいることに大きく感動した訳です。今や死語とも言える言葉に注目したのには、どんなきっかっけが有ったのでしょう……!

 きものの「お手入れ」は我が社の最も得意とするところであり、常にPRに重点を置いています。
つまり「悉皆屋」こそ私達の使命であり、生きるすべなのです。

 こんな業界用語が「ちまた」で普通に使われていたのは、30年以上も前のことです。
 今も尚「悉皆屋」の元締め「大阪府きもの洗染染協同組合」として法人組織で存続しています。

続きは次回に。

posted by はりよし at 12:05| Comment(0) | きもの業界便り

2011年10月20日

新しい弓を買った。

 何故なら、昨年夏買った弓が忽然と無くなったからである。
私にもミスがあったので「諦めること」とし、「新弓」を買い求めた。
 無くなった弓も「竹弓」だったので、今回も同じものを求めた。

「新弓」を自身のものにするのにはかなりの手間がかかる、もちろん先生にも指導を仰ぎながら自身の弓に作り上げていく、この過程は不器用な私にはハードなものでしたが、結果として作り上げていく「流れ」を楽しむことが出来たことになる。

 出来上がった私の弓は何とか道場に行って「引く」ことが出来るようになり、初めて「素引き」を繰り返し「巻藁」に向かう、新鮮な心躍る時間だった。
 今はもう「的前」に立ち的に向かって弓を引いているが、より丁寧に欲張らず「弓の世界」にチャレンジし続けたいと願っている。

 何故「弓」が無くなったかを詳しく話す気はないが、礼を重んじる「古武道」の世界で、しかも「神聖な道場」でそんな事故があること自体に「馴染まない」ものを感じた。
 非常に残念に思いこんな事故が続かないことを願う。(その後も同様の紛失事故が絶えないと聞く)

 新しい弓には名前を書かなければなりませんが、「竹弓」には「墨」が載りません。カシュウとか「漆」
等でしか書けないのです。(私は特に字を書くことは苦手で、人様=筆の立つ人に頼まなければなりません。材料を揃えて明日「名」と「購入日」などを書いてもらうつもりです) 

 さりながら、「新弓」を手にし「弓を育て」て行く気持ちの高ぶりが戻り、再度「弓の世界」に戻れたことを嬉しく思う、萎えかけていた気持ちが持ち直し、再度向上心を持って「初心」に還れることに感謝する。
 又「弓」の世界を自身の目標に向かって老骨に「鞭打つ」つもりです。
posted by はりよし at 14:25| Comment(0) | 日記

2011年10月07日

久しぶりに山を歩いた。

 10数年前からの念願だった「尾瀬」の湿原を目指す旅を今回は選んだ。
「尾瀬は以外とハードだった」、これが一番の感想で、あの平坦で整備された「木道」と湿原を彩る花々、そんなイメージを覆す年齢的には厳しい「山行」でした。

 7/2深夜大阪発、ひたすら高速を走り、群馬県片品村尾瀬戸倉到着。

戸倉に駐車して、タクシーで大清水まで行き、尾瀬沼へゆく大清水登山口、林道をたどりながら尾瀬沼に向かった、以前は一番多くの人で賑わったそうだ。

 私の足腰の衰えはもちろんながら、上り下りはかなりきついものがあり、初日(7/3、9:00歩き始め)、いきなり3時間30分の上り下り、休憩を一度挟み山小屋に、18:00着。
 今回は忙し過ぎて何の準備もなく、一度も歩くというトレーニングもせずだった。
少しトラブルがあったが、ハードな一日を無事何とか歩き続けられた。

今時の山小屋の整備された様相は、昔よく歩いた頃の「山小屋」を想像も出来ない綺麗な「宿」で、豊富な湯の風呂とビールが待ち構え、食事も十分満足できるものだった。

posted by はりよし at 18:06| Comment(0) | 旅とその想い

2011年10月01日

愛着一杯のきもの達

またまたマイナーな「きもの屋」の寂しいお話しを一題。

10年前まで偉業していたある「呉服屋さん」の店じまい後の商品を買い取りさせていただきました。

 湿気の多い風も入れない部屋に箱詰めにされていた倉庫で、10年の年月を眠っていただけに、触るのも控えたいほどの状態の「沢山の反物」でした。
 現場で4時間ほど整理し、箱などに詰めて(もちろん適正な査定をし現金で支払って)持ち帰りました。

 店に戻り箱などを開け、丁寧に区分けしましたが、内の従業員達も鼻を曲げながら、夜8時頃までみんなで頑張って整理しました。

 素人さんには見せられない、ひどい商品ばかりでした。翌日、いつも必ず来てくれる仲間が少し拾って買ってくれました。

 私達の世界では、商品に対する執着が非常に強いのですネ!!
どの商品も最低20年以前の物ばかりでしたが、何とか最終的には処分が着くでしょう。

他の業界の商品では考えられないことでしょうね……!
息の長い商品には違い有りませんが、手放された「店主」さんには愛着一杯だったということです。

いずれにしろ、他の業者では代金を払わなかったのではないでしょうか?

 そのご主人は、10年前倒れたそうですが、原因は酒だと、奥様が厳しく話しておられました。
「既に2度倒れ、次はアウト」だと。

 要は「酒」だったそうで、「賢明で優しい」方だったそうですが、何故か酒には狂うようです。
酒の飲み過ぎには注意しなければなりませんね。

内の奥様は、私が何の忠告も受け入れないので、諦めていますが「酩酊」する前に寝てしまいます。
posted by はりよし at 12:57| Comment(0) | きもの業界便り

2011年06月30日

友人の店が、閉店されていました。

 何の予告もなく、私の友人は店を閉めました。もちろん「きもの屋」=呉服屋です。
彼の丁寧なお客様対応が、目に浮かびます。呉服屋の見本のような、上品な商売をしてこられました。

 「きもの屋」=呉服屋は、この10年で1割に減りました。
全国に3万軒有ったお店が、今や3千軒を割り込んでいます。それも高齢化した経営者に後継者が無く、店の継続は難しい店が過半を占めています。
 私がこの現状認識を持ったのは10年前で、私の店もご多分に漏れず「閉店」を覚悟した時期でした。
 現実は予想を超えた非情なもので、自然淘汰もありましたが、お客様の「きもの離れ」による止むなきを得ない悲痛な廃業も多くありました。

 しかし予想を超えた環境変化の中にも、「生き残り」を目指しそれを達成することが出来たのが私達の店ということになります。独りよがりの自慢話になりましたが、幸運が私達に「ツキ」をくれました。
 ひたすら夢を見、希望を捨てず、当時の流行語[never surrender」=決して諦めなかったのです。破綻寸前からの復活劇を自作自演した訳です。

 昨日この情報に接したのは、京都の友人からのメールで、あそこのあの店が、9月に閉店するそうや」からでした。その店を見に行ったとき、私の友人がやっていた店が閉っていたわけです。
悲しいご報告となりました。
posted by はりよし at 18:20| Comment(0) | きもの業界便り

2011年06月16日

お見舞いの続きです。

 お見舞いの気持ちを捧げたいと何かお役に立てないかと、ずっと心に懸かっていました。
そこに私達の着物仲間から、「きもの」を被災地に届けたらとの提案をいただきました。
 陸前高田市には4軒の呉服店があったが、津波で全て流された。「着物を流され、着られなくなった人も多い。このままでは着物を着る文化が廃れる」と仲間は申します。
 
 「浴衣で楽しんでもらう盆踊り」を計画中と被災地の方からの便りもあり、「きもの支援」の輪がどんどん広がっています。浴衣は既にかなりの枚数が現地に届けられています。
 被災地の盆踊りを彩ってくれることでしょう……!

 私達は、店に集まる沢山の「きもの」の中からご提供出来るものを選び、既に300枚あまりを人を介して送りました。今後もこのような形で、「きもの文化支援」を目標に被災地に「心」を届けていきたいと思っています。
posted by はりよし at 17:12| Comment(0) | 東日本大震災

2011年05月21日

遙か大阪より、お見舞い申し上げます

遙か大阪より、心を込めてお見舞い申し上げます。
あまりにも悲惨で、ブログに気持ちを込めることが出来ませんでした。
遅まきながらですが、お見舞いの気持ちを綴っていきたいと思います。


 きもののを心の底から愛した人達が、沢山被災されました。
「東日本大震災」は、そんな人達の思いを容赦なく踏みつぶし、
全てを流し、跡形もなく消し去りました、長い歴史の中で培われた「きもの」への熱い気持ちと共に……!

被災地の方々が一瞬にして失ったものは計り知れません。
 がれきと化した町に立ちすくむ人々の涙に、日本中の心が痛んでいます。
復興への道のりが見えない中で誰もが「心」が弾みません。
 被害の無かった西日本の中で、つらい避難生活に苦しむ東北の人々のことを思うと、
自分達だけが震災前と変わらない生活を続けることに、罪悪感さえ憶えてしまいます。

 被災者の傷ついた心に寄り添う気持ちを、否定することは出来ません。
被災地と共に、日本全体が立ち直る過程で、
「強く美しい日本」であってほしい、そこに本当に大切なものが見えてくるのではないでしょうか?

そんな中、「きものに対する熱い想い」を持った人達からの、「声」が聞こえてきました。
 つづく……!
posted by はりよし at 13:06| Comment(0) | 東日本大震災

2011年02月27日

母校が無くなる その2

 私は今、高校の倶楽部のOB会の準備に、仲間達と共に懸命に心を砕いています。
以前のコメントのように、我が母校は「平成24年春」他2校と合併し 消え去る運命にあるからです。

そして私達が愛してやまなかった母校のクラブ(吹奏楽部=音楽部)も新設される学校に合同され無くなります。私達OB会(在籍者624名)も消えゆくこととなります。
 戦前ながら昭和16年第1回吹奏楽全国大会(コンクール)に「優勝」という栄光のあるクラブでした。

消えゆくものを愛おしむ熱い心を持つ仲間達と、来月3/19、お別れのコンサートと「手仕舞いの会」を開きます。

 いずれにしろ、90才を超える先輩から、20前後の後輩まで、全員とコンタクトをとり昨年11/7「案内」の発送、順調に参加者も伸び100人を超えるまでになり、コンサート出演者も30人に及びます。
 あと2回の練習と、準備会をもう一度くらいもち「本番」です。

参加者も100人を超えると色々プレッシャーが来ます。続きは後ほど……!お客様です。
posted by はりよし at 09:53| Comment(0) | 日記

2011年01月23日

振り袖がハワイで、気に入られ

ハワイに「きもの」が根付いていることをご存じですか?

あのハワイで日本の「きもの」を着て「成人式」「十三参り」「七五三」「結婚式」こんな行事(人生の通過儀礼)で沢山の方に、「日本のきもの」が愛され親しまれ、「きものを着る」感動を与えているのです。

 祖国日本でさえもそんな恒例の行事に「歓喜」する子供達がそんなに多くはありません?
遙か太平洋の彼方「ハワイ」ホノルル市の日系の方々が、「喜々として」そんな行事を生活の中に取り込んでおられる。
 そしてエンジョイされ「日本人」を意識されるのか?祖国愛か?単なる「郷愁」か?

様々な思いが彼の地で「熱い想い」をもって受け入れられています。
 彼の地を訪れ、どれほどの方が「きもの」に溶け込み感動されているかを見てきました。
私達を「ハワイ」に招いてくれた「きもの達」は彼の地で大歓迎を受け、沢山の方に末永く愛されることになりました。
 日本で見捨てられた「きもの」たちが、1200年の伝統の技法で日本で作られた「きもの達」が、蘇り新しい命をもらいました。

 私達がその仲立ちを出来たことは、この上もない喜びと「感動」でした。
 苦しみ抜いた「きもの業界」で、このように晴れがましく受け入れられた「きもの」達がいかほどあったことでしょうか?
 着物と共に生きた「50年」の中でもまさかの「歓喜」の時間でした。
posted by はりよし at 12:31| Comment(1) | 旅とその想い